B.B.

2005年12月24日 駄文
 目が覚めた時、あたりはまだ暗かったから夜中に起きてしまったのかな、と思った。手と肢と背中に鈍い痛みを感じる。
 え?
 もう一度寝ようと思っていた私はその痛みの正体に気付いて思考が停止する。
 硬い感触。
 慌ててもう一度体を動かそうとしても、その無機質な硬さが私の自由を阻んだ。
 これってなんなの?
 その壁を指でなぞってみる。肢を動かそうとしてみる。壁は硬くて破れそうにない。
「誰か…」
 どうしていいのか分からない。呼びかけても返事は来ない。
「誰か!!いませんか!」
 声を大きくしてみても返答は無かった。

 眠気は飛んだ。この異様な状態を認識して鳥肌が立った。体が震える。私は「箱」の中に閉じ込めれてしまったみたい。腕も肢も、背中も伸ばす事が出来ないほど小さな箱。背中の箱に当っている部分が痛む。でも姿勢を変えることもできない。幸い息苦しくはないから、どっかから空気は入ってきてるんだろう。でも、光は入って来ない。今が昼か夜かも分からない。ただ、闇。

「助けて!」
 その叫びを何十回と繰り返してから、私はそれが無駄な事なんだと認めざるを得なかった。私の声以外何も物音がしない。私はただ一人でこんな目にあっている。どうして?私が何か悪い事をしたの?涙が溢れてくる。流れ出した涙を拭う事もできない。
 これが夢なら早く覚めて欲しい。でも、体に感じる痛みが私にリアリティを突きつける。叫んだ喉が乾く。もちろん飲み物なんて無い。食べ物も無い。このままここから出られないなら…私は…死ぬ。誰も知らない小さな箱の中で。いや、死にたくない。だから私はまた叫ぶ。
 ずっと、ずっと叫んでも、私の声はどこかに消えていくみたい。声が枯れてきてしまった。喉が乾いて痛い。唾液を口に溜めて飲みこむと痛みはちょっとだけ治まった。また叫ぶ気力はもう無い。誰かがきっと助けに来てくれる。だから今はじっとしてよう。体の痛みはもう麻痺してきている。私は目を閉じて何も考えないようにする。暗闇の静かな時間は起きていても眠っているように思える。

 目を開ければ、今までの事はやっぱり夢だったなんて思えたらいいのに、相変わらずの闇と体の感覚がこれは夢ではないって教えてくれた。血が通いにくいのか、手も肢も私にくっついているただの部品のような感じだった。喉が乾く。ヴォルヴィックが飲みたい。目やにがついてる顔も洗いたい。ここから出たいというよりも先にそんな事を思う。でもそれすらも適う事は無い。絶望的に悲しくて、また涙が溢れてくる。「助けて…」つぶやいても、どうしようもない現実の闇と拘束だけしかない。涙が止まらない。泣いても何も解決しない事は分かっていても。

 あ… トイレ…
 尿意を覚えるまでその事には気付かなかった。ううん、気付かないようにしていただけなのかもしれない。もちろん、トイレに行けるわけじゃない。つまりは、ここで…。気付いてしまっても、私は必死で我慢する。垂れ流すなんていや。そうは思っても、お腹が痛む。どんどん、我慢できなくなってくる。結果は分かりきっていた。でも、それを認めるのは嫌だった。必死な抵抗。けれどそれが蹂躙された事はいままで幾度と無くあったんだろう。
 私は痛みに負けて、それを吐き出してしまった。下着を濡らす生暖かい感覚。つつ、としたたり落ちる。どんどん広がっていく。その液体は下着だけじゃなくて私のお気に入りだったリズリサのスカ−トを濡らした。べっとりとした不快感。私は何も出来ない。小さな子供のようにおもらしをしても奇異の目で見られる事もないし欲望されることも同情されることもない。私は一人。どうしようも無く。

 このまま私は死んじゃうんだろうか。ご飯も食べれる訳じゃ無い。ああ、31のラムレーズンが食べたいなと思うとお腹がキュルキュルとなった。また、学校帰りに友達と31によってカラオケに行くなんて事はもうできないのかな。一緒にショッピングにいく事も映画も見る事もできないのかな。お母さんにもお父さんにもお兄ちゃんにももう会えないのかな。そして…私がちょっといいなと思っていたユウくんと話す事ももう出来ないのかな。
 死ぬ間際の人は走馬灯を見ると言うけど、私は自分から楽しかった日常を思い出していた。もう会えないなら、ユウくんに告白しておけば良かったのかもしれない。でもユウくんと付き合っていたとしたら、私はこの状況でユウくんに希望を求めてそしてもっと大きな絶望を味わっただろう。どっちが良かったのかはわからない。ユウくんがOKしてくれたかどうかもわからないのに。また涙が出てくる。

 空腹感が強くなってくると、食べ物のことばかり考えてしまう。お寿司、焼肉、ミートソースのパスタ、いちごジャムのトーストとミルクティー。そしてその手が届かない食べ物は思考から消える。また私はグチャグチャになった下着を濡らす。もう我慢はしない。触れている部分はかぶれて痒くなっているので肢をこすり合わせるようにするけど染み出す液体が不快。鼻が麻痺してしまっているので匂いが感じられないのが救いといえば救いだろうか。こんな情けない姿になっても、私はまだ生きている。生きてしまっている。涙も、まだ溢れてくる。喉の渇きに押されて涙を口にする。その味に、また涙が溢れてくる。もう…私は…死んでしまいたい。
 息を吐いて、吐いて、そこで止める。息を吸わないように我慢しても、苦しくて辛くて息を吸いこんでしまう。体はどうしても生きていこうとする。水死する人は肺の中が水でいっぱいらしい。そこに空気が無いって分かっていても、水が肺に入れば死ぬって分かっていても吸わないではいられない。人はそんな簡単には死ねない。
 歯に舌を挟んで噛む力をこめる。痛い。一息にと思ってギュっと噛んだら、切れて血が溢れ出した。舌は繋がっている。傷も深くはないみたいだった。でもこんなに痛い。痛い。痛い。もういやだ。舌を噛みきってもすごい痛くて痛くて苦しみながら死ぬんだろう。中世の貴族は拷問された時の為に身近に毒薬を持ってたと言うけど、今ならその気持ちが分かる。死ぬ事すら出来ない。…ううん、やっぱり死にたくはない。お願い。誰か、助けて。

 汚物にまみれて動けない私はしだいに考える事も放棄していった。寝てる時と起きている時の境界が徐々にあいまいになっていく。人は暗闇の中に5日間放棄されたら発狂するって言うけど、私はまだ狂ってはないと思う。時間の感覚が無いから、まだそうなってないだけかもしれない。…もう、狂ってしまいたいのに。寝てるのか意識を失ってるのかももうよく分からないけど、そこから目覚めたくは無いのに。あああ、ユウくん、お兄ちゃん、お母さん、もういやだよ…。涙が、出なくなっていた。殺して、ううん、助けて、誰か、そう誰でもいいの。私の全てをあげるから。

 
 この世界の何処かで一人の女の子が冷たくなっていきました。

 メリークリスマス。黒い箱を、君に。

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